それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活は,おそらくまだ続きます。

奇跡は自己申告制:起こせると思ってる人は起こせる

 

修論の研究の中で出逢ったフランス人と第二言語で真っ正面から付き合い,言いたいことを吐き出すような喧嘩を続けた。あれはきっと大学院の卒業試験だったんだろう。院は秋入学だったために留学生しかいない環境で過ごしたから,その2年間の集大成の意味合いがあった。入学時はあれだけ英語ができなかったものの,日本語と同程度に喧嘩できるようになってるかも,と後で気づいた。
彼と出逢ったから行ったパリでの2週間だって,身銭を切って研究を続けてきた私にプレゼントされた,卒業旅行のようなものだ。
 
一度関係が崩れた後は,彼と会話してもしていなくても違和感があり,何度話し合っても拭えなかった。時に年長者や知識人からのアドバイスもいただき,これで最後にしようと決めたビデオチャットで,彼の気持ちは私の気持ちと見事に反比例していた。もうこの人を信用できる日は二度と来ないなと思えば思うほど,彼が私を人生に留め置こうとする執着が強まった。何が「Stay in my life」だ。私はもう望んでもないのに,なんでお前の人生にいなきゃいけないんだ。
 
相談した他の人たちの意見を聞いていると,彼は構って欲しがりの人間だったんだなと納得した。私はやはり本業以外の活動や自分事にしか関心がなく,彼が気を引こうとする発言は全て「理解不能な失言」としか思えなかった。それ自体が既にすれ違いを意味している。冒頭の記事で書いたように一瞬で損切りせず,私にしてはかなり耐えて対話したほうだ。
 
最後のビデオチャット*1のとき,1年前から存在を知っていていつか会おうと思っていた茶人が,インスタで私を見つけてメッセージを送ってきた。ビデオチャットをしながらスマホを覗き,私の顔は露骨にニヤついた。
連絡をもらった瞬間にいい未来が想像できた訳ではない。でも確実に,フランス人との会話がいかに私の気分を塞いでいたか,私がどんな世界に生きていたいかに気づいたのだ。私が今向き合っていたくて,時間を費やしたいのはお茶だ,と。
あいつがパリで暇を持て余している間に,私は日本に会いたい人がいて,本業以外にやるべきことがある。
 
目下取り組むべき対象がそのフランス人だけだったなら,私は必死に仲直りしようとしただろう。彼と生きていくことでしか幸せになれないとか,彼と妙に運命的に出逢った以上の奇跡がもう起こらないと思っていたのなら,彼にすがるしかなかっただろう。
 
 
だけどどう考えても,私の残りの人生で,彼以上の奇跡は全然起こる。
 
 
10月30日,フランス人との最後のビデオチャット中に,1年前から会う機会のなかった人から連絡をもらう。
10月31日,ビデオチャットの内容を友人にLINEで愚痴っていた瞬間に,修士論文の査読結果がメールで届き,「いま向き合うべき道はこっちだ」という天啓と解釈。学術誌に(研究ノートではなく)学術論文として掲載が決まる。*2
11月1日,会社の先輩に誘われた映画祭で隣に座っていたドイツ人監督と仲良くなり,来週の別の映画祭に誘われる。それとは別に,少し前に撮影してもらっていた写真が届き,次の撮影の依頼もいただく。
11月2日以降,予定がスムーズに合って,学部の先輩,陶芸家さん,40歳の友人,和菓子職人さんなどと会い,その頃起こっていた災厄の数々をスッと聞いてもらえたり,こんな頭痺れるほど笑ったの久しぶりだわっていうぐらい笑った。論文原稿の修正をしながら,仕事後や休日に職場の先輩と飲んだりご飯したり茶会したりしていた。
 

ビデオチャット中にメッセージをくれた人にも会えた。その人は既にお茶専業だけど,お茶の雇用(お茶で生活できる人)を増やしたいと,会社の設立に向けて準備していた。私が毎日している活動にも経営者目線でアドバイスをくれて,目に見えない何かが引き合わせてくれたようにしか思えない。
 
堰を切ったように物事が流れ出したのが分かった。自分の波長と合ってない人間を断ち切っただけで,こんなにも流れが変わるものなんだと実感した。
こういう流れはこれまでの人生にも何度もあった。それは行き当たりばったりで流されてきたというより,こっちに進んできたらいいよと道を照らされ続けてきた,と言った方が事実に近い。道を照らしたのは,周りの人や本だったり,自分の選択だったり,言葉で説明できない何かだったり。
 
 
 
例のフランス人の名前は「奇跡」って単語から来てると,本人はよく話していた。彼といた間は確かに,私の目の前で大小様々な奇跡が起こった。でももしかして,私が起こしたのかもな,などと考えてしまう。彼の私への執着は,彼一人では奇跡を起こせないからではないかと思ってしまうほどだ
 
今や波動の合わないフランス人に関しては,私が起こした奇跡の一つとして記憶の彼方に残ってもらうに留まり,私はまた別の人達と奇跡を起こしていこうと思う。
 
だって,私にはそれができるから。
 
 

 

11月18日追記:Twitterには写真を貼ったけど,奇跡的なタイミングでホラーな手紙がパリから届いた。I like how you... I like when you... I hate when you... (君が…してるときが好きだ,君が…してるときが嫌いだ)という同じ文型がA4用紙2枚に渡って繰り返されており,幼稚な狂気を感じた。

 

*1:彼は1月までにまた連絡すると言っていたが関係ない

*2:研究ノートは学術論文より手前の,アイデア段階の論考。修士号しか持っていない学生はまず掲載されることがないが,博士課程の学生でも学術論文ではなく研究ノートとして掲載されている。つまり学術論文として掲載されて運がよかった。