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【学士論文】現代茶道の社会教育学

こちらのページでは学部の卒業論文(学士論文)のダイジェスト版を掲載しています。

修士論文はnoteにて公開しています。本記事末尾にもリンクを掲載します。)

 

学士論文まとめ:目次

▼論文構成

▼論文要旨

▼修士論文での展開

 


矢島愛子

 2015 「茶道を巡る理論・言説・意識──人はなぜ茶人になろうとするのか──」広島大学教育学部第5類教育学系コース 学士論文(未公刊)


論文構成

序章 問題提起

第一章 中世以降の茶道論の系譜の整理
 第一節 茶道論の整理
 第二節 表千家の思想の系譜:如心斎宗左の理念から

第二章 近現代における茶道論とその生成過程
 第一節 近代茶道史概観
 第二節 千家による人々へのアプローチ:裏千家機関誌の分析
 第三節 一般人の持つ茶道へのイメージ:新聞の分析

第三章 現代における茶道修練者の意識構造に関する考察
 第一節 「おけいこごと学習」から「対人趣味型学習」として
 第二節 「終わりのない勉強」:先行研究を事例として
 第三節 社会的評価と茶道:趣味以上の意味づけ

終章
参考文献・参考資料

 


 論文要旨

本研究の出発点は,「なぜ茶道をしているのか」という質問の答えづらさである。現代において,この質問への解答が困難になっている原因の一つは,その時代において「茶道をどのように捉えることがふさわしいか」を提唱することで茶道の価値を訴えている先行研究にも通ずる,茶道そのものに価値があるという大前提ではないだろうか。そこで本研究では,茶道をしている理由を茶道自体に期待する,従来の研究とは異なる視座を示す。

先行研究で茶道論が語られるとき,手間をかけてお茶を飲む行為は,芸術や宗教,趣味,近現代では花嫁修業,生涯学習と捉えられている。換言すると,茶道に関わった人々の内面で,その人やその時代にとって魅力的な概念で茶道を捉え直すという作業が,およそ400年に渡って繰り返されている。

茶道の価値を説明することができれば,それがそのまま茶道をしている理由になると考えることは容易である。ただし,上述のような茶道をとりまく現状を勘案すると,社会情勢の影響を受けながらも「お茶をする意味」を人々が創り出しているとえる。そのため筆者は,茶道自体に意味を期待するのではなく,人々が意味を付与しているのだという立場を取る。

まず第一章と第二章では,400年に渡って茶道になされてきた意味づけをなぞっていく。これは社会の中における茶道の歴史をなぞることとほぼ同義である。その中で,いかに茶道の捉えられ方が社会に左右されているのかを認めることができる。その後の第三章では,現代における意味づけ論と,社会学的な理論を援用しつつ,それらの意味づけを引き起こしたと考えられうる理由を示していく。  

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矢島愛子

 2017 「流派と「茶道団体」を横断する:若手社会人茶人と「伝統」の共存」

国際基督教大学大学院 アーツ・サイエンス研究科 公共政策・社会研究専攻 修士論文


修士論文での展開 

学士論文での文献研究を経て,茶道修練者の中でも現代人への強い関心を自覚し,参与観察と聞き取り調査へと方法論を変えました。修士では文化人類学へと専攻を変えています。

 

修士論文は学術誌『アジア文化研究』第44号に掲載。 抄録のPDFが公開されています。

 

修士論文は全文公開。合わせてご拝読いただけますと幸いです。

 

▼英語版もMediumにて公開。現在は要約部分中心ですが,記事を追加していく予定です。