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それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活のなかで,考えたこと。

一碗と一人をめぐる話。

 

8日間ほどの北欧滞在,メインの目的は夏用のガラス茶碗を買うことだった。

ストックホルムの街でSWEDISH DESIGNの文字を見つけて,入ったお店で見つけたのはこちらの金と青の冴えた器。

https://www.instagram.com/p/BIFdMd2jejF/

小さなカップ,2番目に小さなボウル,大きめサイズの皿が3種の形状で,5つの大きさがある中,平茶碗サイズだったのは2番目に小さいこのボウルだった。しかしそれには中に丸いキャンドルが置かれてディスプレイされている。キャンドルホルダーなのか?

「キャンドル用→火に強い→熱いもの大丈夫→多分お湯OK→茶碗」と思考を巡らしていた不審な日本人に対し,若い男性店員が声をかけてきた。あ〜大丈夫ですとその場は応えたが,この透ける器,有田焼のエッグシェルを想起させる。

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エッグシェル(左)と,器が小さいのか手がでかいのか不明な参照写真(右)

 

やっぱり気になる,先ほどの店員さんを呼び止めた。これはキャンドル用ですか?熱とかお湯には強い?「ん〜何にでも使えるよ,食洗機は駄目だけど手で洗えば,水とかお湯とかは気にしなくて大丈夫」。茶碗として使われることを全く想定していない回答が返ってきた(当然)。「これはスウェーデンの作家の中でも,ゴールドのマジシャンって呼ばれてる人が作ったもの」色違いはありますか?「こっちに黒とシルバーの2色のがあって,これは黒のマジックだね。」色々あるんやな…「小さいサイズなら青とゴールド,大きいサイズなら黒のが良いと思う。これは単に僕の好みだけど。」確かに大きい器でこの金色は存在感がありすぎるので,なかなか侘びた感性の若者である。

茶碗は箱書きが大事なので*1,箱はありますかと訊くと店員さんはごそごそと店の奥から箱を見つけてきて「Actually this is the last one, but you're lucly, そんだけ欲しかったから手に入ったんだよ」と言い,現品しかないこともモノは言いようだった。

布で綺麗に何度も磨いて「as good as new! (新品同様だよ!)」という店員さんにきゅんとしつつ,器に惚れたのやら店員さんに惚れたのやら,ようやく連れて帰ってきたスウェーデンの器。

それぞれの茶碗にとって,個人的に箱書き以上に重要なのはそれ自体の持つ歴史だ。4月に一緒に茶会をしたタイ人の女性が「each tea bowl has their own story」と仰っててまさしくその通りだと思ったけれど,茶碗には背景があってほしい。もともとの茶碗のいきさつに加え,私が毎日お茶を撮る度に,一つひとつの茶碗に背景が刻まれていく。このとき茶碗の持つストーリーとは,そのまま私の生きた毎日のことだ。

自分の撮りためたお茶の写真を人に見せた後など,「あぁこんなのお茶じゃないと思われたかな」などと,自信のなさはまずお茶への不安として表れる。そんなときに思うのは,誰かが今の私と全く同じことをしていて,自分がそれをしていなかったら,「いい生活だな(皮肉っぽい)」とか「先を越されたな」と思うだろうということ。

実際には,毎日お茶を点てるぐらいのことは何番煎じか分からないけど,偉大な誰かや頑張ってる人にどう思われるのかを憂うより,「こう生きてる自分」と「この生き方をしてない自分」を比べてた方が,ただ落ち込むだけではない解が生まれると思うのだ。お茶なんて点てていなかった頃より,茶碗にストーリーが増えていく日々の方が好きなら,お茶に自信を失くす必要など本当は無いのだろう。

今の自分そのものはさておいて,そうやって増えてきたストーリーを,私は結構気に入っている。

 

*1:誰が作った茶器で銘は○○,とかいう情報が書いてある桐の箱こそが茶碗の価値,みたいな価値観が茶道の世界にはある。

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