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それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活のなかで,考えたこと。

いい意味で,いいときはいい。

人間との関係

 

 

人間関係で例えれば,自分にぴったりの人だから楽しく過ごしていられるかと思えば,そういう人とも楽しく過ごせないときもあって,じゃあそのときその人は自分に合ってないのだろうか,なんてことを考える。仲良くなったり嫌だな〜と感じたり,色んな人を見てきて辿り着いた結論は,全ての人間関係は「いいときはいい」ということ。楽しいと思える人といて楽しい間はその人がいいと思えてるし,その人といて楽しくなかったり不快だったりすればこの人は良くないなと思う,つまり,同様に「悪いときは悪い」。ああ自分が誰といても「いいときはいい」んだ,と思えたら,相手そのものに期待してイライラすることは減る。いいときだけを見て判断することも,その逆も要らないのだろう。

これと全く同じことを,人間というより自分の毎日に対して思ってる。人生「いいときはいい」と思えたら,何か気分が落ち込んでもいちいち現状を否定しなくなった。いいときも悪い時も,お茶を点てて英語ばっかりやってた自分を知ってる。人生というか時間は同じようにずーっと流れていて,思い出したように人生をありがたがったり時折不憫な気持ちになったりしてるだけのように感じて。

そのものが持ってる価値というより,それを受けて自分がどう思うかっていう"感覚"や"気分"でしかない。相手の生来の気質に期待するだけでもなく,人生なり毎日の生活そのものが愉快になることを成功と呼ぶのでもない。相手や人生そのものが素晴らしくなってくれることはなく,私が対峙している対象の良さは,私の中で生まれている。同じように,私が自分の環境なり周囲の人間なりを不満足に思えば,それらの欠点も自分の中で生み出すことになるのだ。

 

 

2年間追い求めてきたものが叶わなくて,5ヶ月無職になった年に,どうやら自分のしたいこととしてることが一致して,生まれて初めて自分の現状を否定せずに生きることができるようになったなら,万全でもなく何を成してもない人生だろうと本当に幸せな年だったんじゃないかな。少なくとも自分の人生のいいところは,自分の中で生まれてるなと思う。誰かが認めてくれるのを待たなくても。

 

 

やりたいこと,好ましいものがちゃんと分かってきたら,そのうちのいくつかはもう今の生活の中にあることに気づいてきた,そんな1年。

来年はもう少し面白いことをして,人とお話することが今より増える予定ですが,
引き続き,ひと時も退屈することのない素晴らしい人生でありますよう。

 

皆様も素晴らしい年をお迎えください。 

 

 

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