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それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活のなかで,考えたこと。

ここ数ヶ月で起きた,事の顛末。

正しさとは 将来のこと

出願していたNZの大学院から「expired」との返事をもらったのが3月中旬のこと。3月末にならないと発行されない卒業証明書を待っていたら,今年の7月入学には間に合わなかった,という意味らしい。その数週間後にNZの大学院から再度連絡が来て,哲学の学位のない人がいきなり哲学の修士はとれない(そんなことはもっと前に分かる,おそらく学部時代の哲学の科目数が足りなかった)とのことで,哲学の修士に進みたかったらdiploma(準修士)から入学してくれと言われた。

diplomaで再度7月入学に出願できないだろうかと思いながらも,現実的には来年の2月入学を見据えて,IELTS専門のスクールに通い始めた。これは4月の話。

 

この裏で,もう一つ違う話が流れている。

日本のある大学院の出願締め切りが3月中旬だったことに気づいて,急遽書類をそろえたのが3月当初のこと。NZの院のために揃えていた資料,IELTSのスコアや海外の友達に添削してもらっていた卒論の英文要約などを,ほぼそのまま送れば良かった。ただ,研究計画書はその学科用に書き直した上で英訳しないといけなくて,出来はひどかった。卒論の主要参考文献の著者がいる大学院だったのもあって,茶道やら茶人やらを扱った卒論も,そのまま送った。

4月,書類審査を通過した。二次試験は,その参考文献の著者と近接領域の教授(北米系の方2人)との面接だった。その著者がいるという理由で出願している学科なので,哲学の際と同様,専門知識などない。卒論はともかく,研究計画書に突っ込みが集中した。実はあたしが出願したのは秋入学で,他の受験生は留学生か海外の大学を卒業した日本人しかいないので,ほぼ英語での面接だった。

秋入学に出願するまでの経緯とかは質問されなくて助かったけど,とてもじゃないけどNZの大学院に行こうとしてたなんて言えなかった。院レベルの英語力なんてない,研究計画も立てられない,何の専門性もない専攻に院から入って,研究職に就きたいとも断言できない,あたしにこれと言えるものなんて何もなかった。あたしの中で,今年中にNZの大学院に行きたいなんて野望が立ち消えた。

 

その面接のとき,北米系の先生が「なんでそんなに茶道が好きなの(意訳)」と質問してきたので,「答えづらいのですが,茶道には人間関係など面倒なことがありますがなぜか茶道をしていて,その理由を考えるために毎日お茶を点て始めました。点て始めて1年以上,未だに理由は分かりませんが,お茶を点てることをやめることはもう考えられませんし,茶道は自分の一部になりました。相性が良かったんだと思います」と,とても歯切れの悪い解答を拙い英語でした。

それに対してその先生が「あなたは本当の茶人かもしれませんね」と言ったとき,あたしのキャラも突き抜けたな,と思った。卒論だけでなく,院試までシュールだった。哲学はもちろん,その専攻に関しても何も専門性のないあたしには,本当にお茶しかないのかもしれない。

 

 

今目の前にNZの大学院の合格があれば,何も考えず留学しただろう。英語ができなくても,研究する能力もその専攻の知識もなくても,恥も知らずにNZへ飛んだはず。実際は,海外で恥をかくまでもなく,もっと手前で恥をかいているのだ。ただ,たとえ海外に行けたとして,哲学に関しても英語に関しても歯切れの悪い自分なんてもっと哀れなのは間違いない。

 

その日本国内の大学院の合格発表が一昨日。本当の茶人とか言われる試験に合格していた。その結果とは関係なく,5週間前から準備していたIELTSが昨日終わった。全て同時進行で起きた出来事。

 

懲りずに依然として英語から離れないという選択をするのであれば,どの場所で頑張りたいだろうか?

 

 

あたしが合格した学科は海外の先生が多いので,開講してる授業のほぼ全てが英語だった。届いた入学書類は全て留学生用のフォーム。日本の院だと思って油断してたのか,英語ができること前提で受験するような院に出願していた。勘違いは恐ろしい。

海外の院を目指すうちに,英語ができる人かのように生きていたら,2年前には出願することもなかった(できなかった)ような院にいつの間にか合格していた。

今言えることはそれだけ。

 

結局無理だったとか,はたまた諦めが悪いとか。思うのは簡単だけど,何も選択しない訳にはいかない。 

 

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