それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活は,おそらくまだ続きます。

あたしはまだ,どこ吹く風。

今週のお題「卒業」

 

ちょうど一ヶ月前,研究室の同期で卒業旅行へ行ったとき,ワーホリから帰国したばかりの知り合いが空港から連絡をよこしてきて,開口一番「進路どうなった?」とか訊いてきた。前にも記事に書いたように,人には目に見えるものばかり見えているようだ。

 


「幸せだ」と認定してあげること。 - こ の 日 常 に 奇 跡 起 こ せ !

 

その旅行中に知った話。

自分以外のゼミのメンバーの間で,あたしの進路の話になっていたらしい。どうやら自分の知らないところで心配されている。心配した方の一人に対してもう一人が言った言葉が,

「結果だけ気にすんのは何も知らんやつらのすることで,一番過程を見てきたのは俺らやろ?だから俺らは絶対に院試とか進路の話するのはやめようなって話しててん」だった。

上の記事を読んだのかと一瞬思ったぐらい,ずっと欲しかった言葉だったな。*1

 

* 

 

学部とは違う大学院に行くことや留学を希望することは,ただ現状を否定した結果ではない。単に違う場所に行きたいのではなく,どこにいても何をしてても,これまで幾度となく自分を救ってきたような関係を築いていきたいだけなんだと思う。目的は新しい人に出逢うことではなく,出逢った中である人達が自分にとって大切な人であってくれるように生きていくこと。

 

バイト先でもサークルでもゼミでも,どの場においてもこれでもかと,もったいない扱いを受けてきた。毎日散々いいことも悪いことも起こって,退屈した日は一日たりともなかった。これまで築いてきたような人間関係を,今後出逢う人達とまた築けるのか自信はない。それだけ幸せな4年間だった。いつだって過去の自分はしょうもないけれど,やりがいも目標も増えて報われることもあって,自分を分かってくれる人はいて,いつだって今の自分は以前よりいい思いをしている。

 

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(卒業式の写真,届きました。)

 

むやみに焦がれたり懐かしんだりしないようにしている頭で一つだけ分かってるのは,これからまだまだ”いい思い”をできるだろうということ。しかも,自分以外の誰かのおかげで。

 

過去を振り返ればもう,感謝しかない。

 

今後もお世話になりたい人達ばかりだけれど。

 

 

 

*1:彼はそういう言葉を次から次へと生成できる,口から生まれたようなやつだった笑

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