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それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活のなかで,考えたこと。

人は本当に望んでいる状態にしかならない

正しさとは 生きる心構え

と思う。成功することさえ怖い,とはよく言うけど,成功に付随する諸々,プレッシャーとか人の目とか何かを捨てないといけなくなることとかを望んでない場合,成功することはない。「成功して余計なものを背負わなくていい状態」を望んでいて,それが叶うからだろう。同時に,幸せになるといいなと思い続けて,その望んでる状態もぬくぬくと平和な場合,「幸せになるといいな」と思い続ける状態が続くことになる。現状が最悪なら変わらないといけないけど,そこまで最悪な状態のときに「幸せになるといいな」とのんきなことは言っていられない。のんきでいられる状態が続くことこそ,その人にとって「幸せ」な状態そのものかもしれない。

 

楽しむことを意識し過ぎていたのか,試験のために勉強する期間も楽しいなと感じていた。しかしそれは,そのうち結果が出て試験勉強がいつか終わるから楽しいのであって。いくら今が楽しくても,いつまでも結果が出ずに勉強し続ける人生なんて求めてないし,そういう生活はいつか自分でも望まない終わり方をするものだ。「この生活が楽しい」と感じていても,これが一生続いても構わない生活なのかを考えないといけない。

 

自分は損切りが早すぎて,一生続くのは困ると感じたら辞めてしまうのが常だった。活動も人間関係も。その判断が間違いだったと感じたことはなく,おそらく「一生続いても構わないか」と自問自答し始めた時点で何かしらの問題を抱えていて,遅かれ早かれ現状を変えてしまわないといけなくなるのだろう。

でも今回は,試験で最低限の結果が出るまではやめられない。もちろん締め切りがあるので,勉強できるのも最長で来年の春頃まで。もちろんそんなに長いこと英語だけしていられる場合でもない。

 

正直この生活を続けていては駄目だ,と最近ずっと感じてるのに気づかないフリをしている。何が変わった訳でもないのに,そう何も変わってないので英語が伸びた訳でもないのに,変わる兆しが無いから,本当にまずい。

現状を変えるべきなのかただの焦りかは分からないけど,「変えたい」時期なのは確かだと思う。どちらにしろ勉強は続くので「勉強」の仕方を変えることになる。テスト直前じゃないからこそ何か違う「勉強」。

気づかないままでいれば独りで勝手に嬉々としていられるけど,残念ながら現状は望ましいものじゃない。

 

 

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