それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活のなかで,考えたこと。

終わりは始まりなんだとさ。

チャンスは,いつも万全に整ってる状態で飛び込んでくるとは限らない。

望ましそうなものだからといって,快諾できない状況だってある。

万全の状態を待つだけじゃきっとダメだ。

万全でもそうじゃなくても,自分はどうしたいか決めておかないと,

望む方向に事を動かせないし,最終的な決断を自分ですることができない。

 

思い出すと笑顔になれるような人のことを考えていてハッキリしたのは,

自分が独りになってしまう可能性があっても,

どちらにしろこっちが笑顔になれない人とは一緒にいない方がいいってこと。

寂しさを行動の理由にするとたいてい誤るから。

 

今のあたしは…慣れてない環境が怖いけど,

今までの環境にいることのほうが恐ろしく感じる。

不快感をたまに感じてもそこに留まってるって,きっと負のサイクル。

つまり,新しいものを選ぶ決断というよりは,古いものを手放す決断をしたい。

 

古いものっていうと言い方は悪いけど,

例えば…その人のTwitter見ると不快になるような場合,

実際に会ってるときも不快になったりする。笑

Twitterは見なければいい話だけど,

結局不快感の元とは会いたいとも思えないから

どちらが先とも言えないけど,やっぱり離れたほうがいい。

これまで何ヶ月も頼ってしまってたけど。

 

 

この先なんて全く分からんけど,

今このときどうするかは決めなくては。

 

 

という独り言を書き溜めたのが22日朝6時すぎ。

それから17時間後ぐらいにあたしが発した言葉は

「ぜひ」

だった。

 

どうするか決めてなかったら言えなかった一言。

自分がどういう決断をしたのか

実感も沸かないまま独りキーボードを叩いている。

 

それでも

「あのとき手振ってよかったな~」って思う

今の気持ちを忘れないようにしたい。

 

 

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