それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活のなかで,考えたこと。

女子の推進力。

一重の人がアイプチをするように

髪型を急に変えてみるように

女子はおしゃれをする

 

試してみないと似合うかどうかも分からないのに

何か今と違う状態になろうとする

 

これは女子に限らず

人間に普遍的なものであると思っている

 

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現状が不満なら変えようとするのは当然で

今のままでいることがそもそもの不満である場合だってある。

 

変えられないものには

心の持ちようを変えるとか違うアプローチするけど

女の子の見た目みたいに変えられるものは

「変えてみたら何か良くなるかも」って思うんだよね。

 

 

もしかしたら全然似合わないかもしれないものの。

人間,不確かなものには思い切って飛び込めないけど

女子のおしゃれは,それをやってのけてる気がする

 

 

そういうときの

良くなってるかもしれない自分になろうとする力っていうか

 

どう良くなってるか分からないけど

とにかく今よりいい自分に向かって頑張れること

 

大事にするべきだと思う。

 

 

あたしみたいな人間は

いつも明確な目標に向かってのみ頑張ってる訳じゃないんだよって。

 

 

 

「何がしたいの」って問い詰められ過ぎて

あたしも目標を設定してみたけど

今度は目標が追いかけてきて切羽詰まるよね。

 

 

人間は何に向かってる訳でもなく

少しでもいい自分になろうとすることを

モチベーションにできる場合もある

 

そのために必要なのは

「良くなるかもしれないな」って思えること

 

それがあれば

失敗するかもしれなくても見た目を大幅に変えたりできるし

それがないと

あらゆる行動は虚しい。挑戦も努力とやらも。

 

 

良くなってるかもしれない,

これから良くなるかもしれない予感が欲しい。

 

 

 

「成長してるかもしれない自分」に向かって闇雲にもがいてきて

結局思い描いたような成長はしていなかった自分だからこそ

そう思うんだけど。

 

 

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