それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活は,おそらくまだ続きます。

幸せとは余裕のことなのか

そわそわして落ち着かないぐらい幸せなあたしでも

あたしの幸せにはまだ余地がある

 

余地というのは

まだ幸せになれるかもしれない可能性のことで

 

幸せになれる余地があるっていうより

幸せになれそうな余地が残ってること自体が幸せなんだろう

 

 

いつか院に行くだろうとか思い至ってNZから帰国した自分は

まだ将来を決めきるには判断材料も決心も努力も足りず

「確実には決まってない」っていう点は今までと何も変わらない

そのせいで落ち着かないのも今までと変わらない

 

ただ

ちょっとは前向きで

選択肢のある悩み方を今はできてるから

先が決まってない不安より

どんなふうにも幸せになれるかもしれないって可能性の方を

ありがたがっていたい

 

不安とかより

可能性のほうに目を向けることができれば

もっと純粋に努力できるような気がするんだよね