それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活のなかで,考えたこと。

まだまだ見てみたい世界がある

忙しさとやらで感情を掻き消すのは割と得意だから

今ぐらい程よくタスクがあれば

しんどい辛いって言いたくなるようなときでも

独りでいても平気だと思う

 

この考え方が数か月前の自分で,

「しんどくない」を「しあわせ」とかに変えることを

考えてもいいんだということに気付いた最近

 

 

楽な状況が続くことを悪だと思ってしまう自分は

ある程度負荷をかけておかないと

甘んじてるんじゃないかっていう不安に常に駆られる

でも負荷にばかり気を取られると大事な決断を後回しにしがち

 

 

今まであたしにとって「予定」って

入れるものじゃなくて「入るもの」で

自分で予定を入れる感覚すら遠い記憶

 

人付き合いというのは人生の大部分で

付き合う人によっては感覚がズレまくる

それでいて

他人とどう過ごすかなんて

あたしの頭の中を占めてるようで占めてない

やるべきことを書き出したとき,ほんとに自分のことばっかり

 

誰といようかとかで頭を占めなくても

あたしは誰かといることができた

予定を入れなくても何かをしていた

退屈をすることなんてなくて

嫌味でも誇張でもなく充実していた

 

人生を自分で転がせるようになると

もっと楽しくなると分かり始めていたけど

あたしはずっと他人のノイズに耳を傾け続けてた

 

自分の行動に納得できるようになるまで

ノイズなんていらないし

納得できるようになったら

余分な他人の声なんて聞こえないんだろうな

 

 

これからは大学生らしく生きることができそうで

ズレてない状態に

ようやく近づきかけてる気がする

随分人より遅れをとったような

しなくていい遠回りをした気分だけど

 

人間は実際に生きたり考えたりした分よりも

大きくなることなんてできないから

 

 

1日は1日以上にはならないから

 

 

 

 

自分は甘んじてるんじゃないかと心配しなくても

どの人間にも苦難は用意されていて

どのように生きても後悔が生まれるような選択肢しかないときもある

 

今あたしが自分に負荷をかけていることには

諦め以外の出口があってほしい

 

 

数か月前は「もう少し成果出てほしい」って感じだったけど

今は「もう少し頑張れそう」な自分がいる

 

もうすぐで

本来的な意味で幸せになれるような気がしてる

 

 

 

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