それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活は,おそらくまだ続きます。

シンプルと呼べる程度に,思考は単純でもいい

今まであまりにも明文化にこだわっていたあたしは

「自分が考えたこと」を文字にすることにばかり目がいって

他人の言葉や周囲なんて

あたしの興味や琴線に触れるもの,

あるいは気に障るものにしか反応していなかった

 

頭の中にたくさんタブを同時に開いて

もちろんウィンドウもいっぱい開いてて

こっちの考え事をしてたかと思えば別のタブの話になって

 

同時にたくさんのことを考えてるっていうより

色んなことを繋げて考えてるだけ

 

いつの間に

非常に,非常に頭の悪い思考法になってた

 

 

もっと単純でいい 切り分けていい

 

自分はどこに行きたくて

何をして生きていたくて

恋愛に関してはこうしたくて

目の前にいる人にはこうしたくて

特定の誰かを大切にしたいと思うなら

全部そうすればいい

 

あたしは自分が思っている以上に身の回りの人を好きだし

無意識に嫌悪感を抱くことだって容易く

それでも人に大事にされてると感じることもできる

 

周りにいい人が多いのは分かってる

嫌な人もいると思う

大切なのは「だったら自分はどうするのか」だけ

 

人生ってシンプルなものがたくさん集まって複雑になってる

 

 

「胸いっぱい」っていい意味の言葉だけど

心の中って

もっと空っぽでいいのかもしれないよ

 

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演習の授業やゼミやら発表やらの予定が詰まっても

少しも慌ててない自分がいるのは

もっと切り詰めてた時期を越えてきたから

あの日々に比べれば今なんて同じ24時間とは思えない

 

これだけ自由にやらせてもらえれば

忙しいなんて言葉は不要

 

英語が必要な授業を取りすぎたけど

まぁ慣れていくしかないと思います

それを望んでるしね。

 

 

この人間関係でいいのか常に自問自答する。

自分の生き方に対してふと感じる違和感に敏感になる。

 

違和感を感じたときに立ち止まって

それ以外のときは

生きたいように生かしておきたい

 

 

捨ててきたものは多くても

今持ってるものだけで自分の気持ちが高揚する

ただ思い浮かべるだけで

ただ過ごしているだけで

 

 

今すぐじゃなくてもいい

じきに良くなる

頭ももっと軽くなる。

そう思う

 

 

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