それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活は,おそらくまだ続きます。

「美しさ」とやらと人生の両立

まずはひとつ。

 

8月に某所へ一人旅に行った。

なぜその土地に行ったのかといえば

そこの地名が初恋の人(と自分が思いたい人)の苗字だった

本当にそれだけ。

 

想像よりも栄えてたけど田舎な部分を残してる島で

お店で働いてる女の人が揃って美人だったことに

とにかく驚いた

 

ツタで覆われたカフェの窓際に座って

ツタの隙間から向かいのクリーニング屋を視界に入れながら

外と店内の空気の違いを心地よく感じて

流れてるコラールを聴いていたとき思った

 

 

女の人って美しさも含めて初めて

成功って言われるのかもしれない

 

着飾って自己表現するか

ひたすらシンプルになって勝負するしかない。

あの時はそんな気がした

 

 

女性に限ったことじゃない。

意欲的な態度を見せるとガツガツしてる印象を持たれるし

ただ稼いで儲かってるだけじゃ悪い印象がついて回る

見た目に気を遣わないことはもはや悪

素顔でいるためには化粧する以上の労力が必要だけど,です

 

美しさがあればそれでいい訳でもないだろうに

普段生きていると

「あればいい」程度のものを

過剰に求められることが多い気がしながら

 

 

「(同じ作者の本が)2冊あるけど,こっちがあなたっぽいから」

と言って貸して頂いた本の中にあったことには

 

「日本では濃いものは嫌われる。

濃い感情、濃い情念、そういったものとは無縁の国。

だから知らず知らずのうちに、自分の中の熱い女を殺して生きる。

濃い女は生きにくい。しゃぶしゃぶの薄味が似合う日本。」

 

 

日本では,

濃くて喜ばれるのはお抹茶ぐらいでしょうか。

 

あたしはまだ,見た目はシンプルさで勝負できない。

今まではただ自分自身の人生にガツガツしてきた

その姿が美しいか美しくないか

どうでもよくて放っておいたら,大いに後悔することになった

 

女は女に触発されて育つ,ともその本に書いてあった。

あたしにとっては普段の生活と美しさを天秤にかけるなんて

考えもつかなかったし

こんなことで人生のバランスを考えるなんて思ってなかった。

 

そして

濃さと美しさの話をしたけど

濃くしたいのは

単純に人生の密度でしょう

 

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