それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活のなかで,考えたこと。

あたしは無意識に目指すのでしょう

もう何を後悔してるかも分からない

それは後悔していないのと同じことかもしれない。
     


もちろん後悔はたくさんあると思うんだけど

「あの時もっと頑張っておけばよかった」って思ったことがない。

どうせ自分のことだから,

その時はその時で何か別のことに必死になっていたんだろうな

とか思ってあげちゃう訳で

「人生のどこかで違う選択してたら」と思わない(考えるのも怖いし)
   
   
ただ

後悔はしてなくても,満足もしてない
   
   
私の努力っぽくない努力と探求はきっと

自分との契約です。

自分自身ぐらい無審査で無条件に信じてあげられるのは

一瞬一瞬の自分がそれぞれいちいち必死だったことを

いちばん分かっているからです

むしろそんなに必死だとは自分ぐらいしか分かってない。
    
    
正しいと思うことを

途切れることなく繰り返してきた(であろう)自分への信用で

あたしの人生は成り立っているらしい。
    
     
ただそれだけの理由で

賢いことではなく正しいと思うことをしようとする

正しさを敷き詰めて

後悔の入り込む余地を無くそうとしてる。
    
     
自分への信用がある限り

あまり深い後悔をせずに生きていけると思っているので

今までひとつ覚えのように

必死になれていたようです。

 

ただ,一度自分自身への信用を失うと,

それを認めたくなくて躍起になってる気もします。

今の自分が必死なのか躍起なのかは知らない。どっちも一緒か。

 

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