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それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活のなかで,考えたこと。

大事なものと「人」を比べるということ。

 

「お茶より大事じゃない」が常套句になっていた。

つまるところ,どの恋人も大事にしてこなかった。

 

 

そんな自分がある人に出逢って,先日ビデオ通話をしていたときのこと。

彼は今海外に住んでいて,数ヶ月後に日本に来るけど,今のままではその後また帰国しないといけないという状況。どこでどう働くのか,という話をしていて。

「10年後に,たとえ君の隣で目が覚めても,自分の仕事に満足していなければ,そのときの自分に満足していなければ,幸せじゃないと思うんだ」

 

彼の一言一句に,いたく納得した。

私がこれまでに,もっとひどい言い方で,人に投げつけてきた言葉だったからだ。

自分を好いてくれる人とどれだけ一緒にいても,私は幸せだと思えていなかった。その人たちがお茶より大事じゃないなどと言って,いつも自分の幸せが第一だった。

 

しかし彼の言葉に納得するより一歩手前で,自分の胸が詰まったのを感じる。

「I understand, only me is insufficient(私だけじゃ不充分だってことよね)」と,言葉を絞り出した。

 

「No, no, it doesn't mean I don't like you」と彼は弁明を始める。彼がこれまで,相手に尽くしすぎて関係を駄目にしてきたことを説明して,「相手のために尽くすことはつまり,自分が何をしたいかを考えないことだった。同じ過ちを繰り返したくない。そして,自分が何を幸せか分かって幸せでいないと,君を幸せにできない」と話していた。

 

私の中の合理性が,“そりゃ日本に来てくれても相手がフリーターだったら,こっちも困るよな”と言っている。彼も再三言っていたように,proper job(きちんとした職)で,しかもそれが彼のしたいことであってほしい。望んでいる仕事をしている彼となら,私も一緒にいたい。

「分かってる,私もあなたに同じことを言うと思う。幸せでいるためには,お茶でさえ不充分だよ。“さえ”って言ってる意味,分かる?」と返した。彼の表情が変わる。「Nothing is more important than tea, so I dumped them(お茶より大事なものはないから,元彼は捨てた)」と,だいぶ前にもう,彼に話していたから。

それを知ってる上で彼は「I hope you can love both tea and myself someday(いつか君がお茶と俺の両方を愛してくれたらな)」と言ってくれていた。
お茶でさえ不充分とか言ってないで,いい加減変わらなきゃいけないのは私だ。

 

こんなことを言いながら,彼の言葉を聞いて確かに,心が押し潰されたように感じていた。

自分が何か別のものより大事じゃないって言われると,こんな思いをするものなのかと,初めて知ったからだ。

 

 

彼が話を続ける。

「もし俺たちが,まぁ極端な例だけど,ロシアとかアフリカとか全然違う場所に住むことになったら,友達でいよう」

「え」

「お互いがそれぞれの場所で幸せなら,友達でいよう。

でも,今俺は日本に住みたいと思ってて,君が日本にいて,依然として可能性がある。君と始めたいこともある。それなら,俺はその可能性のために努力したい」

 

別に私のためなんかではなく,彼自身がそうしたくて,日本で働くためにいかに頑張ってるかを知ってるので,信用して聞いている。約束が欲しいのではない。

日本で出逢ったときから,彼は「I don't want to come to Japan just to be your boyfriend(君の彼氏でいるためだけに日本に来るつもりはない)」と言っていたし,

「We can be a good partner regardless of whether we're dating or not(付き合ってるかどうかに関わらず,俺らはいいパートナーになれる)」と言っていた。

完全に同意だ。

 

「あなたがいるから日本にいる」なんて言ってくる人は,求めていなかった。ただ近くにいてくれる人なんて,いても私は幸せに感じなかった。

私がいてもいなくても,勝手に幸せになる能力があって,自分のしてることに満足してる人が好きだし,自分もそうでありたいと願っていた。

私自身も自立していたいし,「経済的にとかいう意味じゃなくて,君はindependentな人だよ」と,彼に言ってもらえるのが嬉しい。それらの感情は,同じ人間の中で両立できるものだと思う。
目の前の大事なものと人間を比べて,片方を無下にしなくとも。

 

何が無理でも「友達でいよう」っていうのは,嫌いにならずに関係を終えたことがない,私の遍歴を知ってのことだろう。

たとえ今後,彼がお茶より大事にならなかったとしても,将来別々に生きていくことになったとしても,彼を無下に扱ったりは絶対しないと決めた。

それは,付き合い続ける/続けないという選択より,もっと私に必要なことだった。

 

 

 

 

どこかの国で,なぜか私と思考や経験を共有していた人について書いた,この記事の後日談でした。