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それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活のなかで,考えたこと。

それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

人間との関係

 

「あの時は奇跡しか起こらなかった」

「どんな?」

「アポ無しで会った相手がたまたま時間とってくれて,その人のお友達からも話が聴けたり。あと,本当はその次の日に東京に帰ってくるはずだったんだけど、その週末のお茶会にあと一人ぐらいなら捻じ込めますよって言われて,滞在を延長したんだよね」

そこまで話すと,彼は微笑んだ。その週末に,その参加させてもらえた茶会で,彼と出逢ったのが最初だったからだ。
こんな思い出話をしたのは,彼と東京で再会したときのこと。3週間ぐらい前だろうか。

 

 

 一緒にお茶を点てて,山田宗徧のお墓から少し歩いて, 

「初めて来た日本は元カノとだったけど,最悪な旅行だった。でもここに来たときは楽しかった記憶がある」

と彼が言ったのは浅草橋の上。びびった。私もこの場所に当時の彼氏と来たことがあって,お茶を点てていたのだ。

 

 

しかも多分そのときのデートが,その人との付き合いの中では一番記憶に残っていた。なぜか楽しい日だった。年老いた気分になったのは,あの時がピークだと悟っていたからだ。

 

違う国から来た人が,同じ想いを同じ場所でしていたらしい。
もしかしてこの人は,私の頭の中を英語で再生してるのでは,と思ったほど。なぜなら彼が

Finally I came to the right place, with the right person. (ようやく正しい場所に,正しい人と来た)」
と言ったから。

 

私は言葉に詰まって,ここでお茶を点てたことあるよとだけ伝え,「多分あなたは私がいなくても生きていけるけど,私にはあなたに会った理由があるんだと思う」とだけ,そのとき最も確からしいことを言った。

Both of us can live without each other, but I want to live with you. (俺らは2人ともお互いがいなくても生きられる,でも君と生きたいんだ)」とこぼした彼は

いつもの大人びた柔和な感じではなくて,同年代の25歳の顔になっていた。

 

 

冒頭の会話,私が「奇跡」について話すのを,彼はどんな想いで聞いていたのだろう。

夜になってから,「俺の名前は,イディッシュ語"奇跡"って単語から来てるんだ」と彼が話し始めた。

 

種明かしをされた気分だった。もういつから始まってたのかも分からないほど,どこからどこまでの期間の種明かしだったのだろうかと。

イディッシュ語?そう来るか。まさか。

 

 

その日の帰り際,彼が笑って言っていたのは。

You're perfect」(君は完璧だね)

No way」(んなわけない)

「…Okay, I like imperfection too」(…そうか,俺は不完全も好きだ)

lol You are also like a miracle」(笑 あんたも奇跡みたいなもんでしょ)

「It's the name of me」(それは俺の名前。)

 

 

そしてその翌日に,彼はパリへと帰っていった。

 

 

 

前のブログタイトルが「この日常に奇跡起こせ!」だったので,奇跡縛りで「まだ奇跡の起こっていない人へ」へとタイトルを変えていた。

ブログタイトルを記事のタイトルにすると最終回っぽい,という法則に則ったため,もうブログ最終回っぽさがある。

 

本当は,何もかも,これからか。

 

 

 

この記事は最終回ではないので,続きがあります。