それでもまだ奇跡の起こっていない人へ

お茶づけ・英語づけの生活は,おそらくまだ続きます。

3年記念日。

 

まだ3年なのか,と思うと同時に

永遠に続くものなどないっていう

諸行無常の考え方は私の根底にあります。

人の心は変わり,生きている世界も変わります。

変わっていくものに心を痛めていると,

心がボロきれになりそうなので,やめています。

だからこそ。

永遠に一緒にいるだろうからあなたが大切なのではなく

今あなたと過ごしているということだけは確かだから

あなたが大切なのです。

 

期間の長さという過去が裏付けになっているのではなく,

永遠に続くという未来の担保があるから尊いのでもなく,

今この一瞬をあなたといるということが,

私をこんな気持ちにさせているのです。

 

だから私は,半年後には違うことを言ってるかもしれません。

一緒にいることをある日突然決めたように,

逆の事柄も急に起こるのかもしれません。

 

でも,過去の判断を全く後悔していないように

未来の自分がその時に選んだ答えが正解なのだと思います。

あなたといる選択をすることが偉いとかいうことはなく,

一緒にいることも,いないことも,

どちらでも正しいのだと思います。

 

いつの日か消えてしまうかもしれない気持ちだからこそ,

そしたらもう言えなくなってしまう言葉だからこそ,

ここに留め置きたいことはただ一つ。

 

 

楽しいときも,幸せなんかじゃないときも

あなたといられて幸せでした。

 

 

 

まだ一緒にいたいです。

 

 

 

 

 

毎日お茶を点てて写真をアップし始めたのが2014年の1月10日。今日でようやく,茶道に出逢ってから今までの6年間のうちの,半分の期間を写真に収めてきたことになる。

思えば,なんの不満もなく「茶道」をしていたのは,最初の数回だけだと思う。そこからはお茶にまつわる人間関係,金銭問題,孤独や不毛感,理不尽や矛盾と闘う日々で,「人生かよ」と思った。誰よりも不満をこぼしながら,「茶道」と過ごしていた気がする。

だけど。お茶は私の全てではないのに,お茶と生きることは,ここ3年間の私を顕していた。「お茶道」が大嫌いになりそうなときも,私は自分の「茶」をして,好きな世界を創った。たとえ全部を好きじゃなくても,こんな気持ちになれるのだと知った。

 

私はただ点て続けて,写真を撮り続けてきただけなんだけど,お茶は私をここまで連れて来た。お茶は,私が今ここに立っている理由。立っていられる理由。そしてこれからは,お茶と一緒にどこへ行くかが問われている。

お茶がこんなにも私の頭と脚を動かすことだけは,確からしい事実。お茶に動かされて今に至った自分を,お茶がない頃の自分より好きになれたことも,事実だ。

 

 

 

花は盛りに。


遠くから赤色が見えて,あれって椿だったかなと思い近寄ると,それはサンザシだった。

今日の茶菓子は椿の上生菓子にしようと思っていて,生の椿を探しに,私は大学へ芝刈りに。そうでなくてもいつも,スティックタイプのハサミを持ち歩いているのはそのためだ。しかしハサミは必要がなかった。木の根元には,枝ごと折れたサンザシが落ちていた。

 

サンザシを拾い,椿はまあいいかと来た道とは別の道を歩くと,目に入ったのは白い椿である。茶花として使うのは蕾の状態の椿だけで,こんなにも開ききった,むしろ朽ちかけている椿など誰も見向きはしない。茶室の中だけでなく大学内でも,白から黄土色へと変わりつつある椿は,見向きなどされていなかった。

 

頭の中の吉田兼好が「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」と話しかけてくる。そうですよね。「茶花として使えるかどうか」なんて,人間の勝手だ。蕾を愛でるのも,枯れた花を愛でるのも,どっちが偉い正しいなんてないと思うのだ。

 

利休の教えを書き写したとされる南方録から,「花によりてはふわふわといけたるもよけれど,本意は景気をのみ好む心いやなり」との一文。花の美しさを見せるのではなく,花を活けるその人の心構えを見せろ,とのこと。

 

https://www.instagram.com/p/BO90qHXjLk8/

枯れた花でも,どういう訳か,派手になる。

 

この茶はありや,なしや。

私は正解を示そうとしているのでもなく,ただ,問いを投げる。

 

遠州流が綺麗寂びなら,私は侘び派手の路線を開拓することにしましょうか。

 

 

 

 問いの話はこちらでもしてました。

 

「人の言葉」を聴くこと。

 

今年の始まりをまだはっきりと覚えている。昨年の大晦日に書いた上の記事に,桐谷ヨウさん(id:fahrenheitize)がブックマークしてくれたのが元旦だった。(そういえばブログタイトル変わってます)

 

そのブクマに対する私のコメント。まだファーさんって呼んでる。

 

夏頃,そのヨウさんに「関西行くならズイショさんにも声をかけてあげてくださいよ!」と言われ,何の脈絡もなくご連絡を差し上げたにも関わらず,ズイショさん(id:zuiji_zuisho)は会ってくださいました。もう一つ似た流れで,ズイショさんが「はせさんは」と仰っていて,そうじゃなくてもお会いしたかったのですが,はせおやさいさん(id:hase0831)にお会いできたのは,その後押しもあってのことでした。

ブログを細々続けていて良かったと感じる一年で,はてなブロガーの皆様,本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

 

同時に,あの人に会ったら?って言われたとき,無理して会わないのも一つの選択なのだろうけど。不可能でない限り,目上の方に「〜〜したら?/するといいよ」と言われたことは,全て本当にやってしまった下半期だった。従わない理由を考える必要はなかった。私がしたかったことは,研究対象だろうとなかろうと,一人でも多くの興味深い人に会うことだったので。

「この人の言うことなら正しそう」とか相手で判断するのではなく,自分が従いたいかどうかを考えていたから,判断が早かったのだ。逆に自分がそうしたくないなら,好きな人や尊敬する人に何か言われても,特段従わなくていいと思う。それでうまくいかなかったら,その相手のせいにしてしまう恐れもあるので。

でも上の例で言えば,誰に言われなくてもズイショさん会いたいじゃないですか。私どんだけ初期の頃から読んでると思ってるんですか!(3年前以上から) それを後押ししてくださる言葉を聞き入れることって,至極当然だと思うんですよ。

 

選びたい選択肢の話は上の記事でもしていた。

選択肢の選びようが無い状況も多い中で,最初から最後まで自分で選べるだなんてことは少なく,私も予想外の連続だけど。それでも自分で選んだと思えていなければ,何かを恨んで生きることになる。逆を言うと,自分裁量だと思えてる範囲内では,幸福度は高い。

 

人類学がそういう手法だからっていうのもあるけど,研究の方でも,お会いしたい若手のお茶人さんのところに,次から次へと伺っていた。

それはそれはもう,私に必要な1年だった。頭の中は「自分で選んだと思っている選択がもたらした現在」と「会ってきた方々の言葉」で溢れかえっている。

来年は,「自分の言葉」が散々増えることでしょう。

 

皆様も,よりよいお年をお迎えください。