一碗と一人をめぐる話。
2016/07/20 夏用のガラス茶碗を求めて歩いたストックホルムで買った器を見立てた。
— あまんじるな (@amnjrn) 2016年7月20日
一つひとつの茶碗が歴史を持っているように,この器が私の手元に来るまでにもストーリーがある。充分に茶碗足り得る器だと思ってる。 pic.twitter.com/tIGP4F1nzP
8日間ほどの北欧滞在,メインの目的は夏用のガラス茶碗を買うことだった。
ストックホルムの街でSWEDISH DESIGNの文字を見つけて,入ったお店で見つけたのはこちらの金と青の冴えた器。
小さなカップ,2番目に小さなボウル,大きめサイズの皿が3種の形状で,5つの大きさがある中,平茶碗サイズだったのは2番目に小さいこのボウルだった。しかしそれには中に丸いキャンドルが置かれてディスプレイされている。キャンドルホルダーなのか?
「キャンドル用→火に強い→熱いもの大丈夫→多分お湯OK→茶碗」と思考を巡らしていた不審な日本人に対し,若い男性店員が声をかけてきた。あ〜大丈夫ですとその場は応えたが,この透ける器,有田焼のエッグシェルを想起させる。
エッグシェル(左)と,器が小さいのか手がでかいのか不明な参照写真(右)
やっぱり気になる,先ほどの店員さんを呼び止めた。これはキャンドル用ですか?熱とかお湯には強い?「ん〜何にでも使えるよ,食洗機は駄目だけど手で洗えば,水とかお湯とかは気にしなくて大丈夫」。茶碗として使われることを全く想定していない回答が返ってきた(当然)。「これはスウェーデンの作家の中でも,ゴールドのマジシャンって呼ばれてる人が作ったもの」色違いはありますか?「こっちに黒とシルバーの2色のがあって,これは黒のマジックだね。」色々あるんやな…「小さいサイズなら青とゴールド,大きいサイズなら黒のが良いと思う。これは単に僕の好みだけど。」確かに大きい器でこの金色は存在感がありすぎるので,なかなか侘びた感性の若者である。
茶碗は箱書きが大事なので*1,箱はありますかと訊くと店員さんはごそごそと店の奥から箱を見つけてきて「Actually this is the last one, but you're lucly, そんだけ欲しかったから手に入ったんだよ」と言い,現品しかないこともモノは言いようだった。
布で綺麗に何度も磨いて「as good as new! (新品同様だよ!)」という店員さんにきゅんとしつつ,器に惚れたのやら店員さんに惚れたのやら,ようやく連れて帰ってきたスウェーデンの器。
*
それぞれの茶碗にとって,個人的に箱書き以上に重要なのはそれ自体の持つ歴史だ。4月に一緒に茶会をしたタイ人の女性が「each tea bowl has their own story」と仰っててまさしくその通りだと思ったけれど,茶碗には背景があってほしい。もともとの茶碗のいきさつに加え,私が毎日お茶を撮る度に,一つひとつの茶碗に背景が刻まれていく。このとき茶碗の持つストーリーとは,そのまま私の生きた毎日のことだ。
自分の撮りためたお茶の写真を人に見せた後など,「あぁこんなのお茶じゃないと思われたかな」などと,自信のなさはまずお茶への不安として表れる。そんなときに思うのは,誰かが今の私と全く同じことをしていて,自分がそれをしていなかったら,「いい生活だな(皮肉っぽい)」とか「先を越されたな」と思うだろうということ。
実際には,毎日お茶を点てるぐらいのことは何番煎じか分からないけど,偉大な誰かや頑張ってる人にどう思われるのかを憂うより,「こう生きてる自分」と「この生き方をしてない自分」を比べてた方が,ただ落ち込むだけではない解が生まれると思うのだ。お茶なんて点てていなかった頃より,茶碗にストーリーが増えていく日々の方が好きなら,お茶に自信を失くす必要など本当は無いのだろう。
2016/07/19 久しぶりに畳で点てられた。
— あまんじるな (@amnjrn) 2016年7月19日
茶縁から次の茶縁へ。以前として半端で何でもないままだけど,今過ぎゆく歳月を,この先も懐かしく眩しく思い出すんだろうなと思う。 pic.twitter.com/rzC6tI6mTv
今の自分そのものはさておいて,そうやって増えてきたストーリーを,私は結構気に入っている。
*1:誰が作った茶器で銘は○○,とかいう情報が書いてある桐の箱こそが茶碗の価値,みたいな価値観が茶道の世界にはある。
誰と,どこで,〈お茶〉をするか。
日本語教師を終えて帰国した直後にこんなことを書いていた。もう3年以上も前だ。昔の私いわく,「未来を構成する要素は,誰と,どこで,何をするかの3つだけ」とのこと。
適当に誰かといることも,とりあえずどこかに存在することもできるし,何もしないでいることもできる。この記事を書いた頃に驚いたのが,誰とどこで何をしたいかを考えたとき,そのうちの一つも当時叶っていなかったことだ。そして即決したのは,そのときいた人と場所を離れることだった。それらの決断を後悔するタイミングは,少なくともこの3年強の中では一度もなかった。
その後,感銘を受けた本がことごとく茶の本であったため,自然と茶の道の深みに嵌っていく運びとなり,卒論執筆の際に参考文献として大いに参照した著者の先生は,現在の指導教官である。英語をしながら茶の道を邁進していたら,今の院にいる。
その指導教官が,留学相談に来た学生に話していたのは,以下のようなものだった。
やりたい学問と行きたい国が一致するまで行かなければいい。どうしても一致しない場合,優先するなら国よりも学問だ。「自分はなぜここにいるのか」,苦しい時,その答えをくれるのは国ではなくやっている内容だからだ。
私はもう分かっている。
「人」も,「自分がなぜここにいるのか」の答えをくれるし,答えになりえるということを。
自分が最初に描いていた場所にはいつも行けていないし,「どこで」に限らず「誰と」の部分だって,近しい人,仲良くもない人,あらゆる関係において,Trial and error, error and errorという日々が続いていた。
たとえあらゆることがうまくいかなかったとしても,「何をするか」の部分だけは叶っており,お茶が中心の生活を送ることができている。指導教官の言う通り,「やっている内容」がやりたい内容であることは,何よりも優先すべきなのだ。
こうして毎日お茶漬けの日々を送っていると,留学せずに日本にいて良かった,と表現することもできる。日本を味わい尽くすかのようにお茶まみれの生活をしているのは,日本にいることを正当化してるかのようだ。
ただ,仮に留学していても同様に「日本に残らなくて良かった」と思ってる気がするのは,結局どこにいても,そこにいることが最善の選択だったかのように行動するしかないからだろう。
選択を後悔したことはないけれど,自分のした選択を後追いで納得する形でしか,自分が幸せだと思えていなかった。
でも多分それでいい。納得できないより幾分もいい。
変わるっていうのは今じゃない状態になることでもあるけど,今の状態でいることを自覚的に選択できるようになることも変化なんだろうな。単なる成り行きとか仕方なくとか言ってないで。自覚的に選択できないときは,いつだっていつか離れる。
— aiko/あまんじるな (@amnjrn) 2016年6月14日
2016/06/20 金魚が2匹泳ぐゼリー。光多めで夏の色。
— aiko/あまんじるな (@amnjrn) 2016年6月20日
今日は正解だった決断だって明日は間違いかもしれないように,その逆だってある。だからもう,悩んだ時に正解を選ぼうとしなくていいんだと思う。 pic.twitter.com/gxRnNbG5CG
「できないことはできない」のならば。
Teaching Assistant(先生の助手みたいなやつ)で先生の研究室と教室を往復している。日本語開講の授業は一部の日本人院生に仕事が集中する。往復してるのを見かけた同期には「So pity」と言われる。課題が大変だっていうのはどの国の人も言ってるけど,忙しいアピールをし合ってるのは日本人的な感覚なんだと思う。頑張ってると思われるより可哀想に思われる。「仕事ばかりさせられてるやつ」と思われるのも嫌で,いかに大変かなんて話はしていない。単純に,英語だと説明しきらないからだろうか。
「あの頃は自分擦り減らしてたな〜」なんて思う頃の話なんて私はしたくない。意識高かった頃に頑張ってたことは,全て話したくない思い出になって,”頑張ってた”期間は無かったことになった。それでも負の感情とか嫌な断片は残る。お茶に傾倒するまでの話をするには意識高かった頃の話は避けられないような気もするけど,院に入学してからその部分を同期の人達に話したことがない。語学力の問題だけじゃないだろう。
他の例で言えば,海外を目指していた期間も無かったことになった。人は平気で「(卒業してから院に入学するまで)何してたの?」と訊いてくる。答えられないのだ。英語を勉強してました,と事実に一番近いことを答える。正直に海外の院に留学しようとしてたって言ったこともあるけど,言った傍から恥ずかしくなった。入学してから嫌でもマシになったとはいえ,依然として英語力が修士レベルではない。
じゃあ修士レベルになればいいだけの話かもしれない。この前指導教官に修論は英語で書いていいか尋ねた。英語ができなくて今日本にいると思いたくないのだろう。将来再び海外に出たくなったときのためでもある。ただ,たとえ留学できても今と同じような想いをするのだろうなと思う。英語でプレゼンして英文読んで,心に積もったことを話せないのは日本語でも同じだ。そういう環境に既にいるからだろうけど,以前ほど海外に執着していない。
単純に英語が流暢でないという意味で,日本語の運用能力の方が遥かに高い。英語にこだわっていつまでも恥をかき続けてる場合じゃないのかもな。前向きに言えば,「日本語で勝負すると決める」というか。
一昨年より去年,去年より今年,いつだって今の自分の方が幸せだ。でもそれは,一昨年や去年が,人に語りたくないような空白の期間になったから,相対的に今幸せに感じるだけなんじゃないのかなと,気づかなくていいことに気づく。
”頑張ってた”ことばかり人に言えなくなった。過去を振り返れば一日一日点ててきたお茶の写真だけが残っている。見ればそのお茶を点てた日の気持ちが,むせぶほどこみ上げてくる。あの期間が本当に「空白」だったら良かったのに。
せめてこれからは,今ここで過ごしている期間が,空白にならないことを願うだけだ。
そのためにはどうしたらいいだろう。
2016/05/25 よくネットで見るトトロのパンが売ってるのを見かけてつい。パンを潰さずに家に帰るのが苦手過ぎる。
— あまんじるな (@amnjrn) 2016年5月25日
「できないことはできない」と言うことは,できることを増やすために必要なのだと思いたい。 pic.twitter.com/0N7WrBtEJR
ひとまず,TAの仕事のうち負担の大きいものを「できません」と伝えた。「できない」と言うだけで,引き受けた方がマシなくらい神経が擦り減った。でも英語にしろ,「やれるもんならやりたいけど,できない」ものばかりだ。
できないことのために孤軍奮闘する期間が,ことごとく思い出したくない空白になってるんだから,そろそろ生き方を変えた方がいいだろうな。